突然彼女が走り出した。
それまで在った森が途切れ、野っ原が現れた。
何もかもを振り切るように、彼女は走っていた。
みんなみんな、誰にも言わない方がいいよ、あんたの方がおかしいって言われるだけだよって殴られ倒れた私に向かって囁いた。みんなみんなみんな!
でもあのままだったら、間違いなく私、死んでたよ。
ねぇさんに会うこともなく、死んでた。
唯一、この状況はおかしいんだよって言ってくれたのが、当時の主治医だったんだよ。
肩で息をしながら、彼女が一気に言葉を吐き出す。
ねぇ、本当にあの時、誰もおかしいって言わなかったんだ。
でも。せめて思うことだけでもしてくれたら。
おかしいんだよ、逃げていいんだよって誰か一人の人でも言ってくれてたら。
でも。
そんな人、何処にもいなかった。
ただ一人、主治医だけだった。
私は彼女の、震える肩をじっと見つめていた。
きっと誰も、今、彼女に触れることは、できない。