2013年6月27日木曜日

花迷子-8


撮影も中盤を過ぎた頃、裸足になってもらっていた彼女が笑い出した。

「裸足って気持ち良いですね!こんなに気持ち良いって忘れてましたぁ!」

普段人ごみに塗れた街も、この早朝という時間帯はがらんどうで。まさに言葉通り、私と彼女しかいなかった。それもきっと彼女に作用していたろう、彼女は踊るようにスキップしていた。
それなのに。それなのに何故だろう、私はカメラを通して彼女を見つめると、どうしても踊りながら泣いているように見えてしまうのだった。

(「花迷子-9」へ続く)

2013年6月24日月曜日

花迷子-7


彼女のこの戸惑い、共感できる人は結構いるのではなかろうか。男性より女性の方が露骨に体が変化してゆく。胸が膨らみ生理が始まり、体の線は丸くなり凹凸がはっきり感じられるようになってゆく。あまりの変化の早さに戸惑い、逃げたくなった覚えのある人が彼女の他にも多くいるのではなかろうか。
女の性に染まってゆく己への戸惑い。勿論逆に誇らしく感じるという人たちもいるだろう。大人に近づいてゆく、少女から女性へ変化してゆくことを誇らしく受け容れてゆける人たちも。
でも、彼女のように、戸惑い、嫌悪し、罪悪感まで抱く、そういう少女たちもまた、存在する。私は現実に、彼女の後ろに夥しい数の、女性になることを必死に拒否している少女たちの姿が見えるような気がした。

(「花迷子-8」へ続く)

2013年6月20日木曜日

花迷子-6


オトナになりたくない。なりたいけどなりたくない。
そのオトナになりたくないという彼女の言葉には、彼女特有の意味も込められているように感じるのは私だけか。それは、「女性になりたくない」とも聴こえるのだ。
というのも。出会った頃彼女がこうも言っていたからだ。私、自分の女っていう性がキライなんです、と。

「自分が女だというのは信じられないです、正直。
うまく言えないんですが、体ばっかり勝手に大人に(女に)なっていってしまって、小さいころから、女の人に近づいていくのが嫌だと思っていたので、どうしよう、って思っています。
女の人として男の人と向き合うことは、自分の場合のみですけれど、『汚れる』という罪悪感があるんです。
…性ってものを思うと、浮かぶのはだから、私の場合罪悪感です。
でもそれは、女でごめんなさいというよりは、どうしてこういう体なんだろう。どうして女性的なんだろうっていう…。
この体が、誰かの性欲に関わってなければいいのに、と思います」

(「花迷子-7」へ続く)

2013年6月17日月曜日

花迷子-5

 彼女は出会った頃こんなことを言っていた。私、オトナになりたくないんです。
だから今回改めて彼女にそれを尋ねてみた。
すると彼女は、オトナになりたいし、同時になりたくない、と応えてくれた。

「心のなかの神様を大事にできる大人です。
それは多分良心……だと思います。
ひとのことを考える、思いやりをもつ、相手の立場になってみることのできる大人にもなりたい。
オトナになりたくないっていうのは、オトナになると大事なことを忘れてしまう気がするから」

じゃぁどんなオトナになりたいのかと彼女に尋ねると、彼女はしばし考えた後こう応えてくれた。

「人に流されない人間でありたいです。自分の意思を持ち続けられる人でありたいです」

(「花迷子-6」へ続く)

2013年6月13日木曜日

花迷子-4


私が言った人形のイメージと、彼女の抱く人形という言葉へのイメージは、かなりの隔たりがあった。恐らく彼女にとっての人形或いはぬいぐるみというのは、とてもあたたかな、そしてやわらかいイメージだろう。一方私が抱く人形という言葉に対するイメージは、まさに虚ろ、ひんやり、空洞、といったものだった。
でも私は事前に、この人形という言葉に対するイメージの差異について、敢えて触れることはしなかった。彼女が思うとおりにまず動いてもらおう、そう思った。

(「花迷子-5」へ続く)

2013年6月10日月曜日

花迷子-3


彼女は撮影に当たって大切にするぬいぐるみを持参してきていた。お人形といわれたとき思いついた、と彼女は話す。それに、カメラの前に立つのにひとりよりふたりの方がちゃんと立てる気がして、と。
そんな彼女は最初ぬいぐるみを両手で前にかき抱いていた。大事そうに、というよりも、まるでしがみつくかのような具合だった。彼女はそのことに気付いていたろうか。だからあぁ彼女はずいぶん緊張しているのだなと知ることができた。

(「花迷子-4」へ続く)


2013年6月6日木曜日

花迷子-2


その朝早く、私達は家を出た。まだ日が昇る前の時間、私達はめいめい自転車を飛ばし、目指す場所へと急いだ。
日が昇る前に少しでも何枚か撮っておきたいと思ったからだ。
びゅんびゅん飛ばす私の運転を、眼を丸くして、果ては笑い出し、それでも必死について行こうと懸命にペダルを漕ぐ彼女。その無心の一生懸命さは、彼女がいつも他者に対して持つものだった。
そう、彼女は常に、全力で他者と対峙する女の子だった。相手がどう斜に構えていようと関係ない、自分は真っ向勝負する、という気概がいつも彼女の肩あたりに感じられた。私はそんな彼女がとても好きだ。だからこそ、彼女の奥底を覗きたくなった。

(「花迷子-3」へ続く)


2013年6月3日月曜日

花迷子-1


彼女の写真を撮ろうと考え始めたとき、浮かんだのは、虚ろな人形、だった。
理由は幾つかあって、その一つは、彼女が常に鎧を着ているように見えたこと。本心(本性)を押し隠し、にっこり笑っている笑顔が印象的に見えたこと、だ。
彼女と接する時間を重ねれば重なるほど、その印象は強くなった。何故こんな鎧を着ているのか。着ねばならなくなったのか。私はそれを、とても知りたいと思った。
また、彼女の笑顔は悲しいほど明るく弾ける。口元目元、体中で弾ける。なのに何故だろう、時折瞳の奥だけが置き去りにされているような、笑っていないと思わせる翳がよぎるのだった。
そうした私が受けた印象が、虚ろな人形、というものを思い起こさせた。
だから彼女に写真を撮らせて欲しいと伝えると同時に、私は、空っぽの、人形に見立てて撮らせて欲しい、と伝えた。

二十歳になったばかりの彼女は、全身生気漲っている。漲っている、はずなのに、何故こんなにも瞳の奥底が暗く沈んでいるのだろう。それがとても、私には気がかりだった。
だから、いっそ、虚ろになってもらえたら、彼女の本心がむしろ浮き彫りになるんじゃなかろうか。そう思った。