2010年8月27日金曜日

緑破片(3)

DV防止法もできたよね。あれからもう何年もの時間が経ってる。ドラマでもDVが扱われるような時代にはなった。でも。
果たしてみんな、いつ自分の身の上に起き得ることなのか、って考えてくれたこと、あるんだろうか。
彼女が薄い唇を強く噛む。
殆どの人たちの心の奥底に、「あれは特別なもの」「自分には起こり得ないもの」って歪んだ希望的観測がはびこってるんだ。防止法ができたって、現実の何が、変わったっていうんだろう。

彼女は語る。
「張り倒されて、足で蹴りつけられてブレた視界。床に散らばる、引きちぎられた自分の髪の毛。割れた皿。グラス。でこぼこになった口の内側。どこまでもこびりついて離れない血の味。必死になって裸足で雪の中を飛び出しても、必ず追いかけてくる足音、車の音。「死んでくれ」って言いながら、私の意識が遠のくまで首を絞めてくる手。
でも隣の住人も誰も、助けてはくれなかった、誰も」

「それどころか、倒れて転がった私に、「誰にも言わない方がいいよ」って、みんなが言った」

彼女の目はただ一点を凝視したまま、止まっていた。
私はそんな彼女を、カメラをはさんでじっと、見つめている。