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2014年7月2日水曜日

「冬咲花」より 04


私が niko さんにさよならした理由は「声を聴かせて」の中でもうすでに書いた。
だからここで触れる必要はないかと思う。

でも時々私は思い出すのだ。
あの日彼女が思い切り走っていった、その先にあった光のことを。
あの日、公園では桜がきれいに咲き始めたところだったことを。

ひとは、交われば交わった分、誰かの心の中に足跡を残すもの。
niko も私の中に、確かにその足跡を残してくれた。

だから私は折々に空を見上げ、そっと呟く
元気ですか。
元気でいますか。

もちろん返事があるわけではない。
ないけれど。でも。
きっと彼女は今日も足掻きながら、いやもしかしたらとんでもなくしなやかに
生き延びていてくれているに違いない、と、そう
信じている。

元気ですか。
元気でいますか。

私は、ここに、います。


(「冬咲花」 終)

2014年6月30日月曜日

「冬咲花」より 03

 
そもそも nikoは何故声を上げようと思ったのか。
私に撮られようなんて思ったのか。
性犯罪被害者である彼女が、何故自分の姿を晒そうと、晒してまで訴えようとしたのか。

自分と同じような被害に遭い、今沈黙を強いられている誰かに、自分はここにいるよと伝えたかった。
そうやって蹲っているのは何もあなただけじゃないんだよと伝えたかった。
あなたもわたしも、生きていていいんだよ、と何より自分が信じたかった。

まだ事件に遭って間もない彼女は、いつだって揺れていた。
揺れながらも、でも、必死に足を踏ん張っていた。

だから。
私も彼女に、正面から応えよう、と努めた。

冬の終わりの或る日、私たちは森林公園へ行った。
早朝の撮影、その直前彼女は発作を起こした。
これは撮影なんて無理かもしれない、とどこかで思いが掠めた。
でも。

私たちは、バスに乗り、公園へ向かった。
蒼褪めた顔の彼女を、私は追いかけた。彼女は徐々に生気を取り戻していくようにも感じられたが、でも同時に、久しぶりに外に出たせいで疲労の色が濃かった。

彼女の裸足の足は、必死に大地に踏ん張っていた。
それを見て私はどれほど、励まされる思いがしたことか知れない。
心の中で私は言っていた。
大丈夫、大丈夫だよ niko さん。
あなたはちゃんと、そこにいる。


2014年6月26日木曜日

「冬咲花」より 02


nikoはいつも、どこか俯いていた。
それも当然なのかもしれない、被害に遭い、それまで自分が当たり前にこなしていたこと、当たり前と思っていたこと、ありとあらゆることすべてが破壊され崩壊するのを目の当たりにしたばかりの彼女に、言ってみればまだそのただなかにいる彼女に、世界を直視するのは困難極まりなかったろう。

いつも俯いて、翳りを帯びている彼女に、何が今見えているのだろう。
私はある時そう思って、敢えて俯いてみた。

世界はどこもかしこもアスファルトで。
そのアスファルトにはあちこち染みや汚れ、亀裂が入っていたりして。
ああまるで被害に遭った自分のようだ、と感じられた。
そして、
できることならこのままこのアスファルトに沈み込んで、いなくなってしまいたい、
と、強く思った。

もしかしたら niko もそうだったのかもしれない。

なかなか彼女の「今」を受け容れかねて戸惑っているパートナーの存在も、
彼女に大きく影響していたろう。
彼女の「今ここ」にある現実を受け容れかねて、むしろ二次被害三次被害に当たるような言葉を吐いてしまう行為してしまうパートナー、
その彼を受け容れたくて、でも受け容れられなくて、どうしようもなく行き詰ってしまう自分。

そんな狭間で、彼女は常に揺れ動いていた。

それでも。
前に進みたい。
前に進みたい。
その彼女の痛切な叫びは、全身から発せられていた。

それはとてつもなく切ない、でも、全身から絞り出される声、だった。


2014年6月22日日曜日

「冬咲花」より 01


「冬咲花」は、「声を聴かせて」にも掲載したシリーズだ。週刊金曜日でご存知の方もいるかもしれない。
ここでは、「声を聴かせて」では触れなかったことなどについて、ちらほら、触れてみようと思う。

あの日。
nikoは泣いていた。会った最初から不安定だった。
私は敢えて、泣いている理由を尋ねなかった。
私にできることは、理由を問いただすことより、ただ一緒にいること、或いは彼女を笑わせることだと思ったから。

私の部屋で泣くだけ泣いた彼女に、私はふと言った。
写真、撮ろうか。

蹲ったままぬいぐるみを抱く彼女を、私はそのまま撮った。
言葉は、もう要らないと思った。
彼女と私がここにいて、この時間を共有していることが、大事だと思った。

そうして部屋で十数回シャッターを切った後、私は彼女を外へ誘った。
最初嫌がっていた彼女だった。でも、
私は、今出ないといつまでたっても外に出れなくなるよ、と強引に誘った。



当時の私の部屋のすぐ前は、公園だった。
その日日差しは燦々と降り注いでいて、春の始まりを予感させるような日和だった。
無理矢理私に連れ出されたnikoだったのに、鉄棒を見つけた途端表情が変わった。
「鉄棒、昔よく遊びました。好きだったんですよねぇ。いつの間にか忘れてた」
そう言って鉄棒にひょいっと飛び乗った彼女は、いつのまにか笑顔になっていた。
鉄棒、好きだったぁ、と繰り返し言いながら、くるくると棒を回っていた。

彼女を見ていると、私は自ずと、自分の過去を思い出さずにはいられなかった。
被害に遭ってしばらくして、閉じこもることしかできなくなっていた頃の自分を。

nikoは被害に遭ってその頃まだ間もなかった。だからこそ、
私はそんなnikoの姿に過去の自分を重ね合わせたんだろうと思う。

その日、彼女はとてもいい顔をして私に手を振って帰って行った。
でもまだまだ、彼女は、細い細い綱の上を、綱渡りしてる、そんな位置にいた。