2010年7月29日木曜日

枯葉の褥

森の外れまで私たちはいつの間にか歩いてきてしまっていた。足元には層をなすほどの厚い枯葉の群れ。私たちが一足進むごとに、枯葉は乾いた音を立てた。それはまるで、小さな悲鳴のようだった。

この辺りって、多分人は来ないんだろうね。
そうだね、でなければこんなにきれいに枯葉が残ってないよね。
一冬分の枯葉だね。
目を見張るような量だね。

ふと私たちは、窪地で立ち止まった。
そこはまさに一面、枯葉の褥だった。
永久にこの景色は壊れることはないんじゃないかとさえ思えるような、そんな光景だった。

横になってみようか。
そうだね。

かさ、かさかさかさ、がさ。
私たちが動くたび、枯葉が泣く。
かささ、かさささ、がさがさ。
私たちの手足によって、枯葉が崩れてゆく。
そうしてようやっと横になった彼女が言った。

あぁ、空が美しいよ。
真っ青だね。
雲ひとつない。
枯葉はみんな、この空を見上げてたんだろうね。

その時すっと、風が流れた。
それ以外に何の音も何の気配もない、そんな瞬間だった。

2010年7月28日水曜日

樹皮

その場所には、背の高い樹が集まっていた。滑らかな幹をもつものもあれば、ささくれ立った樹皮をもつものもあった。めいめいが思うように、枝葉を伸ばしていた。

なぜその樹に、特に目が止まったんだろう。

多分もう老木の類に入るだろう。がさがさにささくれた樹皮をもつ樹。背が高く、他のものをまるで寄せ付けたくないといっているかのような雰囲気が漂っている。
これだけ在る樹の中で、この樹は何故か、孤立しているかのように見えた。

ねぇ、小さい頃って、やたらめったら木登りとかしなかった?
したした、私、樹と樹を渡って歩くのが好きだった。
よく落ちなかったね。
そりゃおてんば娘だったからね、私。枝から枝へ渡り歩くって、気持ちいいんだよぉ。

私たちは樹をじっと見上げながら、そんなことを話していた。

ね、聴こえるかな?
ん、何が?
樹の呼吸の音。
どうだろう。

私たちはぴたっと、耳を幹にくっつけてみた。がさがさの樹皮がやわらかな耳に刺さって痛かったけれど、それでも私たちは、じっと幹に耳をくっつけてみた。

どう? 聴こえる?
…分からない。耳、悪くなったのかな?
いや、私も聴こえない。でも。
でも?
生きてるね。感じるよ、手のひらから、樹の鼓動。

私たちはしばらくそうして、樹に体を寄せていた。錯覚かもしれない、ただの気のせいかもしれない、でも、手のひらからじわじわと、樹の生きているという証拠が、流れ込んでくるかのような、そんな気がしていた。

まだまだ生きるよ、この樹。
そうだね、私たちより長生きしてほしい。
大丈夫、きっと。
うん、大丈夫だ。きっと。

その時雀が数羽、樹の高みに止まった。あぁそうか、樹は孤独ではないんだ。いつだってこうして、鳥や虫たちが集う場所になっているんだ。

私たちは、樹に手を振り、その場を後にした。

2010年7月27日火曜日

ゴミ捨て場 2

彼女に立ち上がってもらい、彼女がいなくなった後のゴミ捨て場を改めて眺めてみた。急に人の温度がなくなって、そこだけ一度二度、気温が低くなったかのように見えた。

ゴミ捨て場って、ちょっと悲しいね。
うん、悲しい。
何だろ、もう要らないってされたものたちが集まる場所だからかな。
そうやって私たち、幾つのゴミを捨ててゆくんだろうね。生きてる間に幾つのゴミを…

その時、湖の端でバーベキューをしていた家族連れが、ゴミを捨てにやってきた。
ぽいっと大きなビニール袋を投げた。そのビニール袋は、くしゃっという音を立てて、ゴミ捨て場の端っこに落ちた。

私たちはしゃがみこんで、しばらくずっと、そのゴミの姿を見つめていた。

ねぇ、私たち、ゴミを出さずには生きていけない生き物なんだね。
そうだね、本当に。
物が溢れすぎていて、だからきっと、ゴミにして捨ててしまうことに対しても、罪悪感、少ないよね。
次々代替品が見つかるからね。
それなのに、アンティークとか言われるものにも、みんな寄っていくんだよね。
そうだね、それが現実だあね。
そんなことならいっそ、自分のゴミを磨けばいいのに。
あぁ、そうかもしれない。きっとそうだね。

そんな私たちの言葉は風に消え、ゴミ捨て場はただしんしんと、そこに在り続けるのだった。

2010年7月25日日曜日

桜の花びら舞い散る、

これは前回の写真の、別の角度から撮ったものだ。
人が捨てていったそれぞれのゴミの中、雑草は逞しく芽吹き、蔦はブロック塀を這い、まるでゴミ捨て場自体が生きて呼吸しているかのように見える。

そして何より。
桜の花びら。
こうしてここに座っている間にも、はらり、はらりと桜の花びらが舞い落ちてくる。

きれいだねぇ。
いつかここ、花びらの褥になっちゃうかもね。
それはそれで素敵だよ。
うん、そうかも。

私たちは目を細めながら、空を見上げた。空は私たちを見つめていた。人間が何をやっているのかと苦笑するかのように、私たちを見つめていた。そして私たちも、そんな空を、じっと見つめていた。

遠くで雲雀が鳴いた。

2010年7月24日土曜日

ゴミ捨て場

公園の端っこに、ゴミ捨て場を見つけた。
そこには何故か、自転車の車輪部分が、重ねて捨ててあった。一体誰がこんなところに捨てていったんだろう。私は首を傾げる。
捨てられた車輪は、錆ついており。でも降り注ぐ午後の陽光を受けて、それでもきらりと光を放っていた。

もうこのゴミ捨て場が作られて、どのくらいの時間が経つのだろう。
ブロック塀は苔むしており。ブロックで仕切られたその内側には、枯葉がこんもりと溜まっていた。

よく見ると、その枯葉の下から、緑色の何かが見えている。雑草だ。名前は知らない。春を感じて早々に芽を出した雑草。

すごいよね。
うん、すごいね。
雑草って逞しい。
踏まれても踏まれても、立ち上がるもんね。

ふと思った。
人は心の中で、誰かをゴミ箱にぽいっと捨てたりすることが、あるんじゃなかろうか、と。気持ちがすれ違うばかりになってしまった相手や、怒りに任せて、誰かという存在を、ぽいっと捨ててしまう、そういうことが、実際あるんじゃなかろうか。

ねぇ、ここに座れる?
ん? 全然平気。
じゃ、お願い。

シャッターを切りながら、胸がずきっとした。私もこうやって、誰かをゴミ箱にポイしてないだろうか。自分を守るためとかこつけて、誰かの存在をポイポイ捨てていやしないだろうか。

できるなら、そんな人間にはなりたくない。

見上げると、眩しいほどの青空がそこに広がっていた。

2010年7月23日金曜日

転寝

それはとても天気の良い日で。私たちは電車とバスを乗り継いで、ようやくその場所までやって来た。
陽光は燦々と降り注ぎ、私たちは一歩進むたび汗を拭い、そうして場所を探した。

ねぇこの樹、いい具合に隙間が空いてるね。
まるで椅子みたい。
そうだね、座ってみる?
うん。

幾本かの樹が絡み合って、本当に、小さな小さな椅子を作っていた。そこに座った彼女は、いい気持ちだなぁと大きく伸びをした。
降り注ぐ日差しの中、そよ風が渡っていた。遠くでは家族連れのはしゃぐ声が響いていた。穏やかな穏やかな午後だった。

彼女の素敵なところは、私が頼まなくても、指示を出さなくても、すっと写真を撮られるモードになってくれるところだ。
自分を空っぽにし、そこに在ってくれる。
だから私は、何色でも、思うようにそれを染めることができる。

なんかこのままここで眠っていてもいい気がするよ。
どのくらい眠れそう?
百年、二百年、いや、千年くらいは眠れそう。
いいね、それ。

見上げると、まだ萌え出したばかりの芽が、枝のあちこちに点在しているのが分かった。季節は冬と春のちょうど境目。

あの樹はあの後、どうしただろう。今もあの窪みを残しているのだろうか。
今度またあの場所を訪れて、今度は私があの場所に、ちょこんと座ってみたい。

2010年7月21日水曜日

鎮魂歌

久しぶりに砂丘を訪れてみると、砂丘の奥の方に、大きな大きな水溜りができていた。一体どうして、こんなところに水溜りが? しかもこんなに大きい水溜りが? と、私は首を傾げながらも、その水溜りに妙に惹かれるものを感じた。
恐らく。
次にここへ来るときには、この水溜りは掻き消えていて、もう微塵も姿を見ることはないであろう。恐らくはこの一瞬、この数日、ここに幻のように現れた、水溜りなのだ、と、そう思った。
そろそろと足を忍ばせて水の中に入ってみると、なんとあたたかな水だろう、そう、陽射しを受けて温まっているのだ。今季節は真冬だというのに、そこだけ違う季節のようで。私はしばし立ち尽くしていた。

風がとてもとても強い日で。砂は風に煽られ、立っていても、顔に砂が風と共に当たるという具合だった。
空の中、雲はびゅんびゅんと飛び交い、一瞬たりとも同じ光景はなかった。

私は、撮影の為に引きずってきた年代物の椅子を、その水溜りの真ん中に据えてみた。ここに誰かがいる、ここに誰かがいた、そんなつもりで。
そうして数枚、シャッターを切った。

その一枚が、この写真だ。
焼き込むほど、私はこの写真が、撮ったというより撮らされたもののように思え始めてきた。誰かの意図のもと、私が撮らされた、そんな気がした。その誰かは、実在の誰かではなく、もっと遠い、遠く遠くにいる誰か、に。

私は普段、写真にタイトルをつけない。でももし、この写真にタイトルをつけるとしたら。それは、「鎮魂歌」だと、思っている。

後日、砂丘を再び訪れた時、やはりもう、そこに水溜りはなかった。
幻のように跡形もなく消え去っていた。
二度と会うことはあるまい。そう、思う。

2010年7月20日火曜日

「三〇四号室」

君がわたしの背中で
しゃくりあげる分だけ雑草を抜いていたら
あっという間になくなった
ベランダに並ぶ白いプランター
地べたから遠く離れた場所なのに
何処からかやってきては根付く雑草が

昨日沸かして一晩置いた やかんの水は
まぁるいまぁるい粒になって
薬臭さをすっかり失い
わたしのおなかへ落ちてゆく
井戸水とまではいかないけれど
まぁるくまぁるく 軽やかに

あなたは確かにそこにいた
今日もそうしてそこにいる
けれどわたしは
いつのまにかその場所を後にしていたようで
君の声は だいぶ遠いのです
おぉい と呼びかけるあなたの
声はだから 飛んでゆくのです
わたしの耳に 届く前に

まぁるくまぁるく 軽やかに
あなたの声は飛んでゆき
まぁるくまぁるく 軽やかに
水道水だった水はわたしの中に溶けてゆき
今はただ
背中でしゃくりあげる君の
声が辺りに響きます

明日になったらまた
雑草はやってくるかしら
このベランダの このプランターの
これっぽっちの土を探し出して

2010年7月18日日曜日

「夕暮れ」

あのね あのね
誰にも言わないって約束してくれる?
そう言って広げた少女の掌には
汗ばんだ御影石 ひとつ
これ ね
あと三つ見つけたら
お墓を作ってあげるの
友達だったの 一緒にいつも一緒にいたの
私より小さかったのに 先に死んじゃったの
仔猫の お墓を作るの

それだけ言うと
茜色に染まった坂道を
一気に駆け下りていった
また逢うことはあるのだろうか
最後の一言が どうしても気に懸かる

私 ひとりぼっちになっちゃった

2010年7月17日土曜日

「流」

何処から来て
何処へ流れてゆくのか
川下へ 川下へ
時折傾きながらも行き過ぎてゆく
流木の
もうずいぶん前に 途絶えたのだろう
息遣いがそれでも 聴こえてくる
決して抗うことなく 川下へ
川下へと 流れ続ける
沈んでしまうにもまだ遠い
彼方の時間が 横たわる
川縁で はしゃぐ子らの声が
その息遣いに乗り 風になる

2010年7月15日木曜日

「楔」

打ち込んだ楔の何処に
約束があったのだろう
楔が喰い込んだのは確かに
赤茶けた土中だった
けれど
楔が打ち込まれたその場所は
ひとつの胸元
だったのだ
それでも一瞬にして止まることのできない
呼吸が
ぜぇぜぇと 音を洩らしながら
赤茶けた その土の中に
吸い込まれてゆく 紅色の血脈を
明日は誰かが
何も知らずに 踏みつけてゆく

2010年7月13日火曜日

「僕らは 2」

たとえば今

この世は灰色だ

と断言してしまえば
僕を取り囲む世界は一瞬にして
まさに灰色になる

空にいくら太陽が煌々と
輝いていようと、
灰色は灰色だ
雲一つない青空のもと
そよ風がたおやかに流れ
この頬を撫でてゆこうと

君が今日は晴天で
どれほど気持ちのいい一日かを
幾千もの言葉を使って僕に
説いたとしても

僕が僕にそう断言した
それだけで僕の世界は灰色になる

そんな、

言葉はひどく傲慢で、
あまりに頼りなく、

僕らは

言葉によって産まれ、言葉によって生き、そして
言葉によって死せしめられる
言葉の海に放り出され言葉の海を漂流し
いつ溺れるか知れない僕らは、そう、
言葉によって生かされ、そして
言葉によって殺される

君の蒼色が 僕の蒼色とは限らない
僕の真実が 君の真実とは限らない
今この場所に立つ君が見上げる空は蒼くても
今その隣に立つ僕の見上げる空は黒い

それが言葉だ

どうしようもなく曖昧過ぎる
言葉でもってしか交われない僕たちは
それでも
曖昧の中からせめてもの慰めを見つけては縋り、
その手とこの手をつなごうとする
その掌の中にはもしかしたら
この心臓を抉るために用意された短刀が
握られているかもしれないというのに

それでも

言葉によって産まれ、言葉によって生き、そして
言葉によって殺される僕たちはそれでも
言葉を操りながら言葉に操られ、
言葉に操られながら自分を手繰り、世界を手繰り、
そうして
今日を生きていく
今僕のこの手で握ろうとする君の掌の中に
刃が隠されていないことを 信じながら

2010年7月11日日曜日

「唯一の地図」

昨日 外国のとある街は何十年振りかの大洪水に見舞われ
何千何百の人々が うねり狂う泥水に
慄き震えながら夜を明かした
今日 僕らが立つこの街はあざやかに晴れ渡り、
空をゆく風に乗って 眩しげに雲が流れる

昨日届いた君からの手紙は
元気です うまくやっているよ
そう書いてあった
今日久しぶりに会った君は
笑い合う声ももたず、瞳は黒ずんだ隈の奥深く
沈んでいる

あぁ、今
見上げる空はこんなにも
蒼い

この星の上 砂粒のようなちっぽけさでもって
産まれ堕ちた僕は君は
幾重にも絡まり合った
琴線の上 綱渡りするように
こうして生きてる

昨日今日明日
人の名付けた時間は
明日今日昨日
巡り続け、
この場所はあの街へ
あの空はこの空へ続いている
今日の君は 明日の
僕 かもしれない

溢れ返る世界
目を閉じても
耳をふさいでも
雪崩れ込んでくる次々に
君が本当に探している音も
君が本当に求めているモノも
奪い取るかのように
世界は溢れ、

今見上げるこの空はこんなにも
蒼いのに
一瞬にして墜落した色彩は
今君の、僕の、足元に
屍となり横たわる

そんな世界に 産まれ堕ちた君は僕は
この手で一体何を
掴めるというんだろう

目を閉じても
耳をふさいでも
君を僕をひねり潰すかのようにこの世界は
言葉で溢れ
モノで溢れ
もういつ なけなしに作られた堤防を
豪波が越えてきてもおかしくはない
そして今繋いでいるこの手と君の手を
引き千切ってゆくんだ

その時

僕は君を 見つけられるだろうか
荒れ狂う波の狭間に揺れる君を
その時
君は僕を 探し出せるだろうか
吹き荒ぶ風の狭間に揺れる僕を

伸ばした手は虚しく 宙を切るだけかもしれない
呼びかける声は虚しく 波音にかき消されるだけかもしれない

それでも

君はいた 僕のこの掌の中 残る
微かな温みが その証だ
そして僕は探し続ける、温みを頼りに
呼び続ける 君の名前を
そして

見つけ出すよ 僕らをきっと
そうさ、

舫綱は千切れても
君の居場所は分かる
この目が潰れても
今結んでいるこの手が
触れたこの感触が地図になる
何処に迷い込もうと何があろうと

この手の ぬくみが
君と僕の 目印になる

唯一の 地図 に なる

2010年7月8日木曜日

「腔」

砂のように雨が
降っていた

絵のように風が
止まっていた

疼くこの腔を
私はもてあましていた

そう、
腔だらけなのだ 生まれたときから

穿たれた腔なのかそれとも
穿った腔なのか

その境目さえ定かではなく

明らかなのはそこに
腔がある という そのことだけ

腔だらけのまま
私は歩き
腔だらけのまま
私は走り
私は呼吸し、そうして
腔だらけのまま
それでも私は生きている
これでもかというほど
生々しく

それは不幸か

不幸だった覚えはない

腔だらけだから、そこに
風が吹いた
腔だらけだから、そこに
雨が吹き込んだ
そこに腔があったから
私はあなたを感じた

私が女だったから
私が女だから
私が

私だったから

ただそれだけ
それ以上でもそれ以下でも何でもない
ただ それだけ

砂のように雨が
降っていた

絵のように風が
止まっていた

目の前の光景はそうして
横たわっていた

そうして私は今も
腔だらけのまま
ここにこうして生きて 在る

2010年7月6日火曜日

「いつのこと」

娘が貪っているお菓子をすっと取り上げると
娘は火がついたように泣きだします

泣いて泣いて泣いて
泣いて泣いて泣いて

あまりに真っ赤になって泣くもので
鼻血がぶわっと噴き出してきて

わたくしは
拭いてやりながら
己に問うのです

こんなになってまで 何かを
欲したのは いつだったかしら

切なくなってわたくしは
娘にお菓子を渡します
この一切れでもうお終いにしようね、と

娘は涙でぐしょぐしょの
顔を崩して笑んで笑んで
片手でわたくしの腰を抱きながら
お菓子をつついと啄みます

娘にそうして抱かれながら
わたくしはますます切なくなって
そっと娘の腕を離し、己に呟いてみるのです

何かを得て或いは失って
こんなにまで喜んだのは いつだったかしら

いつ だった かしら

2010年7月5日月曜日

「夢の話」

嘘つきなの 私
これまで幾つ 嘘をついてきたか分からない程

そうやって生きてきたの
体中もう 嘘まみれ

嘘をついて嘘をついて
そうしているうちに
何が嘘だか 分からなくなっちゃった

今じゃもう
嘘が本当みたいになって
本当のことが嘘みたいになって
もうどっちでもいいや、みたいな

そんなところ

きっと誰かが見透かしてる
きっと誰もが気づいている
だから

私は嘘をつき続ける
これでもか
これでもかってくらい
今日もつき続ける

いつか嘘に塗れて
呼吸できなくなるのかしら
それともいつか嘘が嘘でなくなって
さらりと生きていけるのかしら

ほら
にっこり笑えば
言葉なんてそれっぽっちよ
だから鏡
だから刃
言葉なんて それっぽっちよ



いう
夢を見た

いう
だけの話

目を覚ました私は
顔を洗い、歯を磨き、髪を梳かし、
そのドアを開けて 今日も出掛けてゆく
そしてさっき見た嘘つきの夢なんて
あっという間に忘れてゆくのよ
自分がその
刃を振りかざして誰かを
殺していたとしても

2010年7月1日木曜日

「コガネムシ」

コガネムシ 今朝もまた一匹
廊下にころり

私はサンダルで踏み潰す

そこに何の感情ももはやなく

私はサンダルで踏み潰す

育てている薔薇の
根を食べたのはだぁれ
私の育てる薔薇の
根を食べるのはだぁれ

おまえでしょ

だから私は踏み潰す
靴底でくしゃりと乾いた音がする
それも一瞬
一瞬の後にはもう
潰れたコガネムシの死骸
生きた欠片はもう
風が何処かへ散らした

残るのは
私の靴底に
小さな痕
コガネムシの体液
ほんの一粒

私はその痕のついたサンダルで
歩き出す
昨日も今朝も多分
明日も

コガネムシ 今朝もまた一匹
廊下にころり

踏み潰すのに何の躊躇いもなく
もはや
これっぽっちの躊躇もなく

私は踏み潰す、その足で
私は今日もまた 歩いている