それは荒れ狂う空の下。砂地の広がる場所で、ひとり、立っている男がいた。
彼は幼少期、性的悪戯を受け、それを長いこと引きずって歩いていた。
彼には打ち明ける相手もいなくて、だから余計に、荷物は重かった。
もしあの時、あんなことがなければ。自分はまた違った人生を歩めたのかもしれない。
もしあの時、あんなことがなければ、自分はもっと幸せになれたのかもしれない。
もしあの時。
もし、という問いは、いつまでも続く。
でも、もし、は、やっぱりあくまで、もし、であって、現実にはならない。
決して。
もがいていた。足掻いていた。どうにかこの穴から抜け出そうと。何度も試みた。何度も抗った。それなのに。
荷物はまるで重石のように、足に絡みつき、彼をひっぱるのだった。
それでも気づいたら、もうじき四十を数える歳。
自分はこれまで一体何をしてきたのだろう。ふと思う。
あの時のことをここまで引きずってあるいて、自分はここからもまたさらに、この荷物を引きずって歩いていかなければならないんだろうか。
そんなのいやだ。
彼は、叫んでいた。いやだ、いやだ、いやだ。もう、いやなんだ、と。
荒れ狂う空の下、砂地の広がる場所で、その頂に立って、彼は叫んでいた。
その叫び声は、荒れ狂う空に風に、轟々と塗れていった。