2010年4月29日木曜日

樹はざわめく

樹はたいてい、沈黙している。しんしんと、そこに在って、飛び回る私たちを、じっと見守っている。
そんな樹が、ざわめくときが、在る。

林や森の真ん中、ぽっかりできた穴ぼこに、目を閉じて佇んでいると、そんな場面にふと出くわす。
風が往くとき、樹が全身でざわめく。

ざわ、ざわわ。ごう、ごごう。
それは、その時の風の様子によって、全く異なる。

あの時。
風がぐわんと流れた。その瞬間、樹がざわめいた。私も彼女も、それに呑みこまれるかのようにしてそこに在った。
私は一瞬、シャッターを切ることも忘れ、目を閉じた。目を閉じて、耳を澄ました。
まるでそれは、大聖堂で始まった合唱のように辺りに響き渡り。樹の声は太い太いアルトの声音で。そこに葉のざわめきが、ソプラノで加わった。
清らかな声音は、何処までも高く高く、高く響き。うねるように空高く昇り。

ここに在るよ、
と、歌っていた。
いついかなるときも、私はここに在る、
と。

それは荘厳な、響きだった。