朝靄が薄くかかる。世界全体を包んでいる。そんな朝だった。靄が薄れていくにつれ、世界が少しずつくっきりと浮かび上がってくる。芝の間に咲くシロツメクサや、何処からか飛んできた花殻、躑躅のこんもりした茂み、紫陽花のつやつやした葉、それらが徐々に徐々に辺りに露になってゆく。
そんな中に、私たちはただ、佇んでいた。
朝露を湛える草の上を私たちは歩く。私たちの足の裏は瞬く間に濡れてゆく。千切れた草の葉が私たちの足にまとわりついた。それでも私たちはただぼんやり、何を考えるでもなく歩いていた。
その樹は、丘の中ほどに在った。何とも中途半端な位置に立っている。少し丘を下ったところ。坂道の途中。
なのに、樹はしっかりとそこに根付いており。隆々と根の瘤が土を越えて露になっている。その根と根の間には、私たちが揃って腰を下ろしても大丈夫なくらいの窪みがあった。
ねぇ樹ってすごいよね。うん。ずっとこの場所に在るっていうのがすごいことのひとつ。うんうん。ここで私たちより長く生き続けるんだよね。樹にはどんなふうに世界が映っているんだろう。私、できるなら樹になってみたい。うん、私も。
新緑を湛えた樹は、ただそこに在り。私たちが見上げていることをこの樹は今感じているだろうか。それとも、私たちは小さな点のような、過ぎてゆくものの一つなのだろうか。
そうして樹はただそこに在り。ただそこに、在り。