2014年7月12日土曜日

台風の痕に思う。


台風の爪痕は、いつだって空にありありと残る。
夏、台風が行き過ぎるたび、私は空をじっと見つめる。
そして、あの日のことを思い出す。

台風を追いかけて、追いつこうと必死に追いかけて乗った列車。
当然のように置き去りにされ、エメラルドに濁った海だけがそこに在って。
嗚呼私はここでも取り残されるのか、とひとり泣いた。
泣きながら、海に入った。

でも同時に、
これでもうすべて、解放されるんだ、という
勝手な赦しのようなものに包まれて、
私は少し幸せだった。
私はもうこれで赦されるのだ、と
その思いで、いっぱいだった。

でも。

クルシイ、と誰かが何処かが叫んだ。
クルシイクルシイクルシイ、とごぼごぼと息がこぼれた。
だめだ、ここで耐えなきゃ死ねない、と思いながら
同時に水面に伸ばそうとする手がそこに在った。

気づけば私は水面に顔を出していて
思う存分飲んだ海水が目に耳に鼻に痛くて、
ああ、痛いんだ、と思ったら、笑えた。
笑って笑って笑って、ちょっとだけ、泣いた。

生きるしかないのか、と
あの日生き延びてしまった私は
ここからまた生きるしかないのか、という思いを越えて
もう、ここから生きよう、と
思う自分が、そこに、在た。

海の中、
クルシイクルシイと呻きながら、それでも一瞬見開かれた眼に映ったのは
とてつもなく美しく濁った、エメラルドの海だった。

台風が来ると、
だから私はいつも、あの日のことを思い出す。
あの日私は、生きようと思ったのだと。
そのことを、思い出す。
今日もそうして見上げた空には
飛ぶように雲が、散らばっている。