私が彼らを追いかけるのはなぜか。
定期的に、彼らに声を掛け、向き合うのはなぜか。
簡単だ。
私は彼らに興味がある。彼らのことがたまらなく好きだ。だから、声を掛ける。
当然だ、そうでなきゃ声なんて掛けない。
でも。
もうひとつ、理由があって。
それは、
彼らが真剣に足掻いているのが、手に取るように伝わってくるからだ。
どくんどくん、と、その鼓動が、その都度その都度伝わってくるからだ。
このどくんどくんというどうしようもなく生きてるって音が、私はたまらなく好きだからだ。
誰にでも、足掻かずにはいられない時期というのがある。
それがもっとも露わなのが、十代、そして二十代なんだと思う。振り返って、そう思う。
或る程度年齢を重ねてしまうと、開き直りがうまくなる。
その、開き直りがまだまだ下手で、
ひたすら足掻いて息切れしてそれでも叫んでしまうのが、二十代なんだと私は思うのだ。
同じ二十代でも。
いいさ、こんな程度で、と、自分で自分を嘲笑して済ましてしまう奴らもいる。
私は、そういう子らが別に嫌いなわけじゃない。でも、
もったいないことをしているな、と思う。
おこがましいことを承知で言えば、
足掻けるのは、真剣に足掻いて喘いでそれでも走れるのは、今だけなんだぞ、
と、言いたくなるのだ。
三十代にもなると、それでも走り続けることなんて、体力・気力的にできなくなる。
自分の限界、限度を知ってくるが故に、ある程度の守りに入るし、あきらめも出てくる。
良くも悪くも、そうなる。
年齢を重ねれば重ねる程、分別もついてくるし、自分の力量ってものを思い知らされてくるから、知らぬうちに自分の能力に合わせた選択をするようになっている。
でも。
二十代は。
とんでもない夢もまだ見ることができるし、とんでもない思いつきに飛びつくだけのバネもある。
だから。
足掻け、と私は言いたい。
それも、真剣に足掻け、と。
そんなんやってられるか、どうせこの程度さ、なんて年よりじみたことを言うなら、最初からやるな。
何処までも年寄りでいればいい。
残念ながら、若さとは、一度失ったら二度と取り戻せないものなんだ。
だから。
二十代よ、真剣に足掻け、そして、今を駆け抜けろ。
今しかそれは、赦されないことなんだから。