2010年7月21日水曜日

鎮魂歌

久しぶりに砂丘を訪れてみると、砂丘の奥の方に、大きな大きな水溜りができていた。一体どうして、こんなところに水溜りが? しかもこんなに大きい水溜りが? と、私は首を傾げながらも、その水溜りに妙に惹かれるものを感じた。
恐らく。
次にここへ来るときには、この水溜りは掻き消えていて、もう微塵も姿を見ることはないであろう。恐らくはこの一瞬、この数日、ここに幻のように現れた、水溜りなのだ、と、そう思った。
そろそろと足を忍ばせて水の中に入ってみると、なんとあたたかな水だろう、そう、陽射しを受けて温まっているのだ。今季節は真冬だというのに、そこだけ違う季節のようで。私はしばし立ち尽くしていた。

風がとてもとても強い日で。砂は風に煽られ、立っていても、顔に砂が風と共に当たるという具合だった。
空の中、雲はびゅんびゅんと飛び交い、一瞬たりとも同じ光景はなかった。

私は、撮影の為に引きずってきた年代物の椅子を、その水溜りの真ん中に据えてみた。ここに誰かがいる、ここに誰かがいた、そんなつもりで。
そうして数枚、シャッターを切った。

その一枚が、この写真だ。
焼き込むほど、私はこの写真が、撮ったというより撮らされたもののように思え始めてきた。誰かの意図のもと、私が撮らされた、そんな気がした。その誰かは、実在の誰かではなく、もっと遠い、遠く遠くにいる誰か、に。

私は普段、写真にタイトルをつけない。でももし、この写真にタイトルをつけるとしたら。それは、「鎮魂歌」だと、思っている。

後日、砂丘を再び訪れた時、やはりもう、そこに水溜りはなかった。
幻のように跡形もなく消え去っていた。
二度と会うことはあるまい。そう、思う。