昔から、階段が好きだ。
小さい頃は、螺旋階段に憧れた。あの、回りながらのぼってゆく階段は、天に続いているような気がしていたからだ。ここをずっとずっとのぼっていったなら、きっと天空に届く、そんなことを、本気で信じていた。きっと届く、と。
今はもう、そんなことを信じているというわけではないが、でも、階段という存在が好きだ。何だろう、一段、一段、のぼってゆくたび、見える景色が微妙に違って。その差異が、たまらなく好きなのだ。あぁ私は今、また一段あがったんだな、という実感が、そこには在る。
好きなくせに、私はよく階段から落ちた。勢いよく駆け下りすぎて、あと数段というところで滑り落ちるとか、足を掛けてのぼるつもりが、ちゃんと足が掛かっていなくて、そのままずべっと落ちるとか。そうやって何度も何度も怪我をした。
この階段は、もう誰も住む人のいなくなった家の、玄関に続く階段だ。五段ほどしかない、小さな階段。周りにはもう、草が生い茂り、もう少ししたら階段を呑みこみそうなほどそれは生い茂り。
言ってみればそれは、もはや忘れられた、うち棄てられた、階段だった。
勢いよくのぼろうとしたら、段が崩れて見事に下に落ちてしまいそうな、そんな、朽ちた階段だった。
それでも階段はそこに在り。しんしんとそこに在り。
誰かを待っているかのようだった。そう、待っているのだ、誰かが来るのを。そして自分をのぼってくれるのを、待っているのだ。信じて。
だから、素直に焼くことは、できなかった。素直にグレートーンで焼くことは、私にはできなかった。この階段の纏っている空気を、私は焼きたいと思った。
暗闇の中、ぽっと浮かぶ階段。もう朽ちて、もしかしたら足を掛けたら落ちるかもしれないけれど、それでもここに在ろうとする階段。信じて待つ姿。
それは切ないほどいとおしい、光景だった。