樹は誰もが知っているとおり、私たちよりたいてい永く生きる。何年、何十年、何百年と、年輪を刻む。
この樹は、そうして年を重ねてきた。もはや年を数えることなど、できないくらいに長い時間を経てきた。森の中でも、最も太い幹をもつ樹の、ひとつだ。
娘が幹に耳をつけ、目を閉じる。
何が聴こえる? 私が尋ねると、娘が言う。樹のおしゃべりが聴こえる。
どんなこと喋ってるの? 今お空が青くて、気持ちがいいって。
あぁなるほど。そういえばそうだ。私たちは空を見上げる。全身蒼の空は、何処までもまっすぐに広がっており。それはそれは気持ちのいい天気だった。
樹の脇に、白樺の若い樹の芽が幾つか見つかった。私たちはそれを、そっと抜き上げる。じじの庭に植えよう、そう言って、四つ、五つ、引き抜く。
その時風が、ざざざぁっと渡っていった。森全体が揺らぐ。轟々と、揺らぐ。
娘がその途端、私の足に抱きつく。
ママ、森が怒ってる。
それにしても大きな樹だ。この樹はどこまで生きるのだろう。私が死に絶えても、この樹はここでこうして在るのだろうか。私が見れない娘の生も、見通すのだろうか。
ひよどりがついっと樹に止まる。なにごとかを口走り、再び飛んでゆく。じっと樹のそばに佇んでいると、栗鼠までが現れ、樹の太い枝を渡ってゆく。
空は蒼く蒼く蒼く。森は何処までも静かでたおやかで。その只中に樹は、しんしんと立って、いる。