もし自分が人間以外の動物に生まれて来ることがあるなら。鳥がいい。あの高い高い空を羽ばたく鳥が、いい。
海を渡り風を渡り空を渡り。夜を渡り昼を渡り朝を渡り。時に止まり木を見つけ羽を休めながらも、できるだけ長く長く長く飛ぶ、そんな鳥になりたい。
年長さんになって制服を着ることになった娘。それまで真ん丸ほっぺを赤く染めてにかにか笑っているばかりだった子供が、急に大人びて見えた。ぐいんとひとまわり、大きくなったかのようだった。
その日空は晴れ渡り。もくもくとあがる雲は何処までも白く。園から戻ってもなかなか制服を脱ごうとしない娘は、ベランダでシャボン玉遊びをしていた。
その様子を窓際にしゃがみ込んで私は眺めている。
突然思いついた。あぁ、鳥だ。
娘に、空に手を伸ばすように云った。手が届くまで精一杯手を伸ばしてごらんと云った。彼女はめいいっぱい手を伸ばし、爪先立ちになり。
風はびゅうんと吹いて、空は煌き、街路樹はざわわと揺れ。
一体何度シャッターを切ったか、覚えていない。ほとんど一本のフィルムを使い切っていた。たった一コマのために。
ぶかぶかの制服を着て、髪を解いて空に手を伸ばす娘は、その間ずっと歌を歌っていた。何の歌だったか、正直もう覚えていない。でも歌っていた。高らかに高らかに。まだ舌ったらずな口ぶりでもって、それでも一生懸命歌っていた。
鳥のように。
羽ばたいてゆけ。
鳥のように。
渡ってゆけ。
どんな道にも歪みはある。どんな道にも罅割れはある。
躓いて転ぶこともあるだろう。泥だらけになって血が滲むこともあるだろう。
それでも。
羽ばたいてゆけ。何処までも。
渡ってゆけ。自分の道を。
私はここに在る。
だからおまえは往け。鳥のように。