娘は三歳になるまでほとんどといっていいほど喋ることがなかった。発するのは、あぁとかいぃとか、まぁまとか、その程度の言葉。この子はもしかして喋れないんじゃないかと心配になるほどだった。
でもそんな、言葉を発しない娘は、代わりに全身で、何かを発していた。声など言葉などなくとも、彼女には訴えたいことがあり、私をひたと見つめる目はだから、いつも見開かれていた。そんなに目を開いていたら目が落ちるよ、と、そう思ってしまうほどに。
言葉を喋るようになったのは、突然だった。或る日突然、べらべらと喋り始めた。それまで止められていたものが一気に堰を切ったかのようだった。
ようやく喋ることができるようになった彼女と、言葉でやりとりをするようになったけれど。今ではもう、これでもかというほどの言葉をやりとりするようになったけれど。
でも何故だろう、私たちは、どこかで言葉の限界を知っているのかもしれない。とことんのところで私たちは結局、沈黙し、見つめ合う。それによって、言葉にならない何かを、伝え合う。
もちろん、彼女の思っていることがそのまま私に伝わっているわけではない。彼女の思うことは彼女のものであって、私のそれとは違う。それでも。
私たちはやっぱり、見つめあうんだ。
あの日、彼女は一心に鉄網の向こうを見つめていた。背伸びして、ただ必死に、見つめていた。そして私はそんな彼女を、じっと、見つめていた。
「 飛行石 」
何かを隠し込んでいる 左の掌
飛行石の夢を 見た
もう ただの冷たい石
戻れないと分かっているから
戻りたい 昨日
溜息と一緒に
吐き出したい 自分
無数の言葉で
傷つけた 明日