K町には細かい道がたくさんある。細い細い、くねった裏道が。だからちょっとした散歩にはもってこいだ。
道を歩いていると、様々な音、様々な匂いが漂ってくる。生活がそこに、在ることを、私に知らせる。
それは長屋の、古い古い長屋が二軒並ぶ角っこで。浅黒い顔をした、中年の男が煙草を吸っていた。その煙はゆらゆらと、空にのぼり。
私は何となく、それを見つめていた。まだ朝の早い、時刻。
もう寂れた酒飲場。近所の人しか来そうにない中華屋。誰もいないコインランドリー。忘れられたようにひらひら風にはためくポスター。
町の何もかもが何処か薄汚れ。いろいろな気配が堆積していた。垢のない場所など、何処にもなかった。
自転車がぽつねん。止まっていた。鍵はかかっていない。懐かしいドブ沿いに、それは止められており。
長屋から出てきた男性がそれをちらりと見、そのまま去ってゆく。足早に駅の方へ。
それから何時間くらい、私はそこで自転車を見つめていただろう。覚えていない。東の空にあった太陽はすっかり天井に上っており。
もしかしたら、棄てられた自転車なのかもしれない。私はふと思う。誰かにここまで乗ってこられたものの、ここで棄てられて放置されたのかもしれない。
鍵がかけられたまま、置きっぱなしにされた自転車。もうすっかり塗料も禿げたような、錆びついた自転車。
私は堕ち始めた日に手を翳し、立ち上がる。そして、一度だけシャッターを切る。覚えている。覚えているよ、君がそこに在たことを。誰が、忘れても。
そうして私は、帰り道を辿り始める。自転車はまだ、そこに、在る。