町の人が時折集まっては、花見をしたりひなたばっこを楽しんだりする空き地がある。幾つかのベンチが置いてあり、少し前までは藤棚もあった。その空き地は何処の公園よりもすぐ近くにあったから、小さい娘はひとりでも来ることができた。だからよくそこで、土遊びをしていた。
そう、土遊び、である。土の上に絵を描いたり、土を丸めたり、重ねたり。その時の気分で土はいかようにも変化し。彼女の遊び相手になってくれる。
或る日彼女が遊んでいるところをぱちりと撮った。撮って焼き始めて、驚いた。
その土の表情のなんと豊かなことか。
印画紙の上、浮かび上がってくるその表情に、私は見惚れた。娘はまるで、宇宙の何処かを漂っているかのように私には見えた。地名も何も関係ない、何処か。この世に在る、在るけれども何処か分からない、そんな何処か。
今その空き地で遊ぶ子供はもう、殆どいない。子供はもうこの町に殆どいない。けれど。
空き地は在る。まだそこに、残って、いる。
「 迷子 」
昔のことです
遠い遠い 昔のことです
誰かが呼んだ 名前を呼んだ
私に向かって
誰かの名前を
人違いかと首をかしげ
そのまま歩いてゆこうとするのを
追いかけてきて 呼びかける
私ではない 誰かの名前を
あなたはだあれ?
私はあなたの誰かじゃないわ
あなたはだあれ?
私の名前は
私の名前は
云おうとして 声が詰まった
私の名前は
何処へいった?
私の名前が
見当たらない
誰かの名前で呼びかける
誰かが私を呼び止めて
追いかけてまで 引き止めて
それでも私の名前じゃない
それは私と違う人
それじゃぁあなたのお名前は?
こたえが こたえが見当たらず
私は途方にくれるばかり
名前が 名前が 何処へやら
帰ってこない ままなのです