2010年10月15日金曜日

自由

一時、我が家に身を寄せていた子がいた。
彼女にはその頃、「居場所」がなくて、あちこちを彷徨っていた。

どこに行けば自分は自由になれるのか。この籠の外に出て自由にはばたけるのか。
彼女は必死にそれを探していた。でも、見つからなくて。

籠の外に出れば、自分は自由になれるはず、と、最初思っていた。
でも、いざ籠の外に出てみても、そこからどうやって羽を動かしたらいいのかもうすっかり忘れていて。はばたくことなど到底できなくて。
途方に暮れていた。

屋上に上がってみようか。
私が彼女に声を掛けた。私のマンションの屋上は、出入りが自由にできた。彼女は嬉々として私の後について屋上に上がってきた。
屋上には、洗濯物が干せる場所が、金網で囲って、大きな籠を作っているような感じで置いてあった。彼女はしばらく不思議そうにその巨大な籠を見つめていた。

しばらくすると、彼女は、その籠と屋上の塀との間にしゃがみこんでいた。
じっと向こう側を見ていた。塀の向こう側を。そこには遠く霞んで埋立地の高層ビル群が建ち並んでいた。
私、何処に行ったらいいのかな。私の場所ってどこにあるんだろう。

私には、応えられなかった。
それは、自分で見つけるしかない、いや、自分で作るしか、ないんだよ。
そう言うことは簡単だったが、言うことは、できなかった。

だから心の中で言った。足掻くといい、思いっきり足掻いて足掻いて足掻いて、そうして、自分の居場所とは自分で作り出すしかないのだと気づいて、そうしてそこから自分の居場所を作って生み出していけばいい。
今はそう、ジャンプ台の上、しゃがみこんで、じっと力を溜めている、そういう時間なのかもしれないから。

自由は、そう、与えられるものじゃなく、自ら掴み取るものだと、そう思うから。