それは離婚して半年、ようやく引っ越し先が決まり、この場所へ引っ越してきて間もない朝。散歩しようか。娘に声をかけた。うん、する。即座に娘の返事が返ってくる。といっても、このあたりのことを私たちはまだ全く知らない。とりあえず、通りに出てみる。
大通りを渡り、知らない街へ、とん、と足を踏み出す。一歩裏手に入った途端、私たちを待っていたのは、くねくね続く細い入り組んだ道だった。
ママ、こっちにも道がある。ママ、こっちにも。それはどれもこれも、車の走れない細い道で。人が二人、すれ違うのだけで充分埋まってしまうほどの道で。
私たちは楽しくなって、次々角を曲がる。
庭なんて、殆どない。門構えもない。そんな家々が密集する地帯。トタン屋根が当たり前に広がる地帯。私たちは嬉しくなって、ますます歩く。
もうすでに空家になり、もはや廃屋になっている家屋も幾つかあり。私たちは、いけないと思いつつ、興味津々で中をこっそり覗く。そこに広がっているのは湿った闇で。すっかり冷え切った闇で。私たちは慌てて後ずさる。見てはいけないものを見た気がして。
忘れ去られようとしている街が、ここにあった。街、じゃない、町だ。そう、町。何処か、亡くなった祖母の住む町に似ている。犇めき合って建つ家々。ご飯の匂い、洗濯物の匂い、話し声、笑い声。今や、取り残されようとする町がそこに、在った。
ね、これからさ、ママと二人でここで暮らすんだよ。うん。
そうして私たちは、くねくね歩いて道を往く。