2014年3月10日月曜日

手を伸ばして


その扉は、戦後そこが居留地だった頃に建てられたもので。
だからもうずたぼろに傷ついており。
でも私は、この扉がひどく好きなのだった。

自分が性犯罪被害者になってみて。
それまで素通りしていたものたちに、いちいち立ち止まるようになった。
たかが扉、たかが窓、たかが人。
でもそのたかがの後には必ず、されど、が続く。

当たり前のものなど、どこにもないのだと。
何もかもが唯一無二の、尊い代物なのだと。
私は被害に遭って、それまでの日常を一切合財失ってみて初めて
体で実感した。
それまで想像はしても、それはあくまで想像であり、
実感では、なかった。

でもじゃぁ、実感すればいいのか、といえば違う。
実感しないで済むなら、それに越したことはない、と、本気で思う。
そんなもの、体験しなくても生きていけるなら、それに越したことはない、と。
だからせめて。

実感せず過ぎてきてしまったものへ、だから手を伸ばしてほしいと思う。
想像力を使って、精一杯手を伸ばしてほしいと思う。
それが決して「実感」にはなりえないことを承知の上で、それでも
想像をめぐらして、想像力をめいいっぱい働かせて、
あなたの隣人に、傷む隣人に、手を伸ばしてほしい、と思う。

それが、
わたしたち、生きている者に、できる、こと。
生きて、共にあるからこそ、大切にしたい、こと。