2010年6月17日木曜日

椅子と女2~砂丘にて

砂丘の向こうには、どす黒い色の海が広がっていた。それはまるで、不用意に手を伸ばしたら、がっぷりと齧り付かれてしまいそうな雰囲気をともなっていた。耳を澄まさずとも響いてくる、轟々と泣くその海鳴りが、あたりを包んでいた。

その時も最初、彼女に椅子に座ってもらった。そうして私は少し離れた場所からファインダーを覗いた。覗いて気づく。違う、何かが違う。

カメラを握ったまま、私はあたりに耳を傾けてみた。風が泣いている。雲が唸っている。海も泣いている。私たちを包み込むあたりのもの、すべてが、泣き叫んでいるかのようで。
あぁ、そうか、だからだ、と納得した。こんな、泣き叫んでいる場所で椅子にきちんと座ってみたからとて、しっくり来るわけがない。

椅子に座っていて、その椅子がそのまま倒れたら。そういう格好をしてほしい、と、私は彼女に頼んだ記憶がある。
彼女は何も言わず、うん、とだけ頷いて、砂の上、仰向けになった。

ファインダーを覗いて、私は自分の中、しっくり来るものを感じた。するとおのずと指がシャッターを切っていた。

私たちの周りに広がる光景すべてが、泣き、唸っていた。空は今にも雨を滴らせんばかりの勢いだった。海は唸り声を轟かせ、風は私たちの頬を嬲るばかり。
そんな中、立つ。真っ直ぐに立つのはまず不可能だった。立つという、ただそれだけの動作が、実はどれほどのエネルギーをともなうものであるのかを、その時改めて思った。

誰も居ない砂丘。私たちはただ、在った。ひとつの染みのように、そこに、在った。