2011年5月9日月曜日

砕波

その日海は荒れていた。濃く色づいた波が大きく砕けては散る。波打ち際に立っているとその飛沫が容赦なく顔に飛んでくる。
眩し過ぎる陽ざしに視界がくらりと揺れる。そこに波が襲いかかって来る。踏ん張っている足は容赦なく砂に喰いつかれ。慌てて波から走って逃げる。
黒い波だ。そう思った。襲いかかって来るのは青い波ではなく黒い波。くっきりと伸びる水平線から徐々に徐々に膨らんで、大きく口を開けたと思ったらどばんと打ち寄せる。
黒い、黒い波。

色の在るはずの世界が、モノクロにしか見えない時期があった。もう数年前の話だ。
本来色の洪水といってもいいほどの世界であるはずなのに、すべてがモノクロだった。信号も樹も空も何もかも。
どうして私の世界はこんなになってしまったのだろう。最初怯えた。こんな世界にどうやって立ったらいいのか分からなかった。怯えて怯えて、逃げ出したかった。でも、逃げ場は何処にもなかった。
倒れ伏したアスファルトの上、ぼんやり思った。これを伝える術はないんだろうか。ほんのひとかけらでもいい、誰かと共有する術はないのだろうか。

そうして見つけたのが、モノクロ写真だった。