森の中に一本、ひときわ大きな樹がある。一体もう何年ここで生きているのだろう。私には分からない。そのくらい、太く太く大きな樹がある。
その樹の手前には小さなベンチが置いてあって。だからここを通ると、たまに通りがかりの人が座って休んでいる。
ベンチに寝転がって樹を見上げると、それはもう壮観で。どれほどのおじいさん樹か分からないのに、太く逞しく育った枝葉は何処までも何処までも深く茂っており。
きっと気の遠くなるような長い時間が、ここには流れていたのだな、と、そのことを思う。
樹の幹は、ささくれ立っていて、だから触れるとちょっと痛い。痛いのだけれど触れずにいられなくて、私は手をそっと伸ばす。
目を閉じ、耳を澄ますと、樹の鼓動と共に、周囲の音が私の鼓膜に雪崩れ込んで来る。
鳥たちのさえずり、木々の囁き、小動物の足音。
樹は、きっと、みんなの守り神なのだ。
ねぇママ、この樹はここから一歩も動けないんだよね? 娘が問うてくる。
そうだね、うん。
樹はそれで満足なのかな。他のところを見たいとか思わないのかな。
だからこそ、種を飛ばして旅させるんじゃない? いろんな世界を見ておいで、って。
ふぅーーーん。
がっしと大地に根付いたその逞しい根。私はそっと土から顔を出している根の部分を撫でてみる。あたたかい、気がした。