2010年12月15日水曜日

人魚

昔絵本で読んだ、人魚の物語。
それはどんな姿をしているんだろう、それはどんなふうに泳いで、また、陸に上がるんだろう。全てが不思議だった。何もかもが不思議の中にあって、でもだから胸がどきどきした。

その日の撮影ももうじき終わりにしようかと思っていた頃。
彼女が海に入って行った。
そして。
波の届くところにそのまま、横になった。

人魚だ。

そう思った。
彼女の長い黒い服が波に洗われ、揺れて、再び彼女の足に絡みつく。
彼女はただじっと横たわっており。それは誰にも触れられないほど静謐な空間で。
私はファインダー越しに、見惚れた。

耳を澄ますと、どどう、どどう、と繰り返し響く波の砕ける音。
でもその音さえが、彼女の横たわる場所から透明になっていくような、そんな錯覚を覚える。

私はあの日、陸に上がったばかりの人魚を、見た。