2010年11月1日月曜日

天国への梯子

うちにしばらく身を寄せていた彼女を誘って、マンションの屋上へ上がった。うちのマンションは、屋上に洗濯物を自由に干せるようになっていて、だから出入りが自由なのだ。
屋上からは、隣の小学校が丸ごと見下ろせた。小さめの校庭、小さめの校舎、おまけのように端っこにあるプール。全部が見渡せた。

その日、天気がよくて、空は青く青く澄んでおり、その空に、雲がもくもく、と、浮かんでいた。風も心地よく、屋上でひとときを過ごすには、まさにうってつけの天気だった。
高いところが好きな彼女は、ふと見ると、屋上からさらに高みに上っていた。私はそんな彼女を、彼女がしたいように放っていた。もし誰かに注意されたら、その時考えればいいや、なんて、暢気に構えていた。

すごいよ、さをりさん、空に手が届きそうだ!
うん、こっから見てても、そう見える。
空が近い、とっても近いよ!

うちに来て、彼女がこんなにはしゃいだ声をあげるのは、多分この時が初めてだったんじゃなかろうか。昔彼女は、よくそんなふうにはしゃいだ声を上げていた。でも、ここしばらく、電話でも何でも、彼女の声は沈んでいるか、飲んだくれているか、だった。その彼女が、あの声を出している。
それだけで、私はもう、嬉しかった。

このままさ、この梯子昇って行ったら、天国につけるかな。
うーん、そりゃ、ちょっと無理かも。梯子が短い。
そんなぁ、現実的なこと言わないでよ。
ははは。それにしても、空がきれいだね。
うん!

彼女は喋りながら、笑っていた。笑いながら、喋っていた。
そして多分、この時が、初めてだった。うちに来て、彼女が自らカメラを構えたのは。私は、嬉しいという言葉を飲み込んで、ただその彼女の姿を心に刻んだ。

空は何処までも何処までも澄んで。
やさしく彼女を、見守っているかのようだった。