現在上映中の映画『Plastic Love Story』。
それに出演している友人の廣瀬君が、今回、私の何気ない言葉をしっかり受けとめてくれて、しかもこうして実現させてくれました。
「暗いところがだめで普段映画館に行くことができない」ひと、ぜひこの機会を使って映画を楽しんでください!
http://tokyonewcinema.com/?p=2452
詳しい情報は上記ページに記されています。
1月30日、13時30分からの回です。
上映映画館は、下北沢のトリウッドというところです。
http://homepage1.nifty.com/tollywood/map/map.html
あなたの近くにいる、映画館でなかなか映画を楽しめない誰かに、
どうぞ伝えて。
そして今回の機会を、ぜひ、使って、映画館で映画を楽しんでほしい。
いろんなひとたちに、この情報を伝えてほしい。
よろしくお願いします。
なお、ここで予告編を見ることができます。
『Plastic Love Story』予告編
http://www.youtube.com/watch?v=LAKZdtctlKU
2014年1月22日水曜日
二人三脚の日々
小学校に入って、学童にお世話になった。
たまたま美術系大学出身の指導員さんたちに囲まれた学童で、
手縫いのお手玉やら、縫い物やら。ミサンガの作り方まで、彼女は学童で教えてもらった。
新しいことを教えてもらった夜には、彼女はたいがい自慢げに私にそれを披露してくれるのだった。
彼女が学校でたちのわるい虐めにあっていたとき、
真剣に耳を傾けてくださったのもまた、学童の指導員さんたちで。
もし指導員さんたちがいなかったら、
母と娘ふたりきり、一体どこへ行きついてしまっていたことか。
娘と私の二人三脚は、いつだって、
そうやって多くの周囲のひとたちによって、支えられていた。
それでも。
彼女は微妙に、心に扉をもっていた。
その扉は本当によく、簡単にしまってしまう敏感な扉で。
そんな彼女と定期的にカメラのこちら側と向こう側、向き合うと、
決して媚びない、それでいて震えたまっすぐな眼差しが
私を射るのだった。
2014年1月21日火曜日
たとえば
たとえば。
こんなふうにただ、ただ、ただ、
膝を抱いて蹲っていたい夜がある。
何もできない
何も思えない
何も願えない
そんな、夜には
たとえば。
こんなふうにただ、ただ、ただ、
闇が沈黙してしまう夜がある。
何もかもが眩しすぎて
何もかもが儚すぎて
何もかもが嘘のようで
たとえば。
2014年1月20日月曜日
にこにこふわふわ
私が産後すぐ体を壊したせいで、彼女は生後半年してすぐ保育園に入れられた。
迷惑だったろう、と想像する。いきなり知らない世界にその年齢で入れられて、何がなんだか分からない毎日だったろう。
保育園に朝送りに行くと。
たいがい入り口が込み合っている。理由は簡単で、赤子がみんなして泣いているからだ。
かぁちゃんかぁちゃん、と、かぁちゃんの手を求めて泣き喚いていて、ためらうお母さん方でごった返している。
そんな中、
彼女は違っていて。
にっこり笑ってふわふわと手を振る。
保育士さんが「いい子ねぇ」と褒めるとさらにふわふわ手を振ってにこにこ笑い、私を見送ってくれる。
そんなんだから、私は逆の意味で躊躇ったんだ、いつも。
大丈夫なんだろうか、この子は私に気を使ってこんなふうにしてるんじゃなかろうか、
本当はつらいんじゃなかろうか、なんてあれこれ想像して。
逞しい子だった。
でも同時に、
とても孤独な子だった。
マイペースで、自分のテンポを頑なに変えようとしない、
幼い頃からそういうところがあった。
そんな君は。
走るときさえにっこにこ笑って走ってたっけね。
みんな、走るのがよほど好きなんだね、って言ってたけど。
本当はどうだったの?
いつか、教えてほしい。
2014年1月18日土曜日
お絵描き
娘は。
お絵描きの好きな子だった。彼女がひとりで遊んでいるときはたいがい、スケッチブックが友達だった。クレヨン、絵の具、サインペン、描き出すと黙々と作業していた。
彼女の絵はいつだって、誰かとふたりの絵だった。
尋ねたら、
ひとりは寂しいから。私はいつもママといるから。
という返事がいつだったか返ってきたことがある。
そうか、彼女の中にはお父さんという項目はないのか、と
少し寂しくなったことを覚えている。
でも。
それは当然なのだ。二、三歳で離婚し、物心ついたときには私とふたりきり、
二人三脚で歩いてきた彼女と私。
お父さんなんていう項目ははるかかなたの夢の物語だった。
私たちはよく、近所の公園にお絵描きにいった。
お絵描きといっても砂の上に絵を描くといったものなのだが、
つまり、スケッチブックだけでは足りなくて、地面に大きく描こう、ということで。
彼女は、描いていいよ、と私が声をかけると、もうその後は一心不乱、
夢中になってひとりで描き続けるのだった。
もちろん絵はその日のうちに、下手すれば描いているそばからなくなってゆく。
それでも私たちはかまわなかった。
描くという行為が楽しいのであって、描いたものを残して評価してもらう、なんてことは考えてもいなかったから。
だから毎日が、お絵描き日和で、ただただ楽しかった。
彼女があの日突然言った。
ママ、いなくならないでね。
地面には大きな大きな、ママの絵が描いてあった。
お絵描きの好きな子だった。彼女がひとりで遊んでいるときはたいがい、スケッチブックが友達だった。クレヨン、絵の具、サインペン、描き出すと黙々と作業していた。
彼女の絵はいつだって、誰かとふたりの絵だった。
尋ねたら、
ひとりは寂しいから。私はいつもママといるから。
という返事がいつだったか返ってきたことがある。
そうか、彼女の中にはお父さんという項目はないのか、と
少し寂しくなったことを覚えている。
でも。
それは当然なのだ。二、三歳で離婚し、物心ついたときには私とふたりきり、
二人三脚で歩いてきた彼女と私。
お父さんなんていう項目ははるかかなたの夢の物語だった。
私たちはよく、近所の公園にお絵描きにいった。
お絵描きといっても砂の上に絵を描くといったものなのだが、
つまり、スケッチブックだけでは足りなくて、地面に大きく描こう、ということで。
彼女は、描いていいよ、と私が声をかけると、もうその後は一心不乱、
夢中になってひとりで描き続けるのだった。
もちろん絵はその日のうちに、下手すれば描いているそばからなくなってゆく。
それでも私たちはかまわなかった。
描くという行為が楽しいのであって、描いたものを残して評価してもらう、なんてことは考えてもいなかったから。
だから毎日が、お絵描き日和で、ただただ楽しかった。
彼女があの日突然言った。
ママ、いなくならないでね。
地面には大きな大きな、ママの絵が描いてあった。
2014年1月17日金曜日
後姿
後姿というのはひとが思っている以上に多くを語る、
と私は思っている。
そのひとが表では隠している言葉を、背中が黙々と語ってしまうのである。
つまり、後姿は饒舌だ。
たとえば。
「いえそんなことありません、こちらこそありがとう」とにっこり笑って去ってゆく誰かの
後姿、肩のあたりを私は見つめる。
その肩の線が語るのだ。
ああなんてこと、残念でならない、こんなことなら・・・。
そんな声がありありと、聴こえてくる。
私は娘の後ろ向きの立ち姿がとても好きだ。
彼女の背中は多くを拒絶する。
そして、なぜか彼女の後姿は寡黙だ。
寡黙であるが故の、確固たる言葉を、持っている、と
私は感じる。
2014年1月16日木曜日
娘との対話
それまで私は、ごくごく普通に友人や風景にカメラを向けシャッターを切っていた。
或る日離婚するまで。
離婚して、何がまず困ったといえば、娘が休日私にくっついて存在しているということだった。
いや何とわがままなと言われるかもしれない。確かに私もそう思う。
しかし、それが本当に困った。
写真を撮りに行こうとしても行けない。
何をするにも彼女がくっついてくる。
一体何を撮ればいいんだ。
そう悩み始め、堂々巡りの日々を過ごしもした。しかし、或る時はじけるように気づいた。
あぁそうだ、彼女を撮ればいいのだ。
そうして彼女との対話が始まった。
彼女はまだ幼く、私の撮影についてくるなんて気分でもなく、
つまり、
彼女にとってはおそらく、ママと遊びに或いは散歩に出かける、という程度の気持ちだったに違いない。
でも、写真を撮りたくて撮りたくて仕方がない私にとって、一転、彼女は最高のモデルになり得た。集中力が短時間で切れることを除けば。
つまり。
短時間で撮るしかない。彼女の集中力が続いている短い時間である程度の代物を仕上げるしかない。その壁にぶつかって、私はあっさり諦めた。
彼女が気分の乗っている間だけ、カメラを向ける。それが途切れたら、さっさと引き上げる。
そうして何年。彼女と対話し続けているだろう。
最近では、写真撮りに行こう、と声をかけると、「おこづかい頂戴!」とのたまうようになってしまったが、それでも、彼女と撮ることをやめる気持ちはない。
カメラのこちら側とあちら側、対等になって、初めて見えてくるものが、ある。
それが面白いから、やめられない。
今では、写真を撮りにでかけることは、彼女の新たな一面を発見できる、大事な機会になっている。
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