2011年10月7日金曜日

泣いていた

その人は泣いていた。朝靄の中、ひとりぽっちで。

その日、ずいぶん早く目覚めた私は、時間をもてあましていた。病院に出掛けるまでに間があり過ぎて、どうやって過ごしたものかと首を傾げていた。
そしてふっと、川縁に散歩に行こう、と思いついた。
川縁には薄く靄が広がっており。対岸の景色は仄かに霞んでいる。そんな情景を見やりながら歩いていた時、眼に飛び込んできたものがあった。

一人の男性の背中。
その人は、泣いていた。

誰にも知られぬよう、ひっそりと。声も出さず、ただ背中を小刻みに震わせて、その人は泣いていた。何度も拳で涙を拭いながら、彼は川っぷちに座り込んでいた。

私の胸は一度、どきりと脈打った。
でも。何もできなかった。

少し離れた場所から私は彼をじっと見つめていた。しゃがみこんだ彼は一体どのくらいそうしていただろう。かなり長いこと座っていたけれど。
やがて立ち上がり、その場を離れた。
私は彼が座っていたその場所に立ち、辺りを眺めた。その場所は他の場所よりも靄が濃くて、対岸は殆ど見えなかった。その代わり、左手には薄や背の高い草が茫々と茂り。微風にさやさやと揺れていた。

あの日、彼はここで一人、泣いていた。
理由など知らない。私はただ、そんな彼を離れた場所から見つめていた。

ただ、それだけだった。