2014年9月1日月曜日

じわじわとした変化


まだ部屋からなかなか出ることができなかった頃、ぽつぽつと部屋の中のものを撮っていた。
その中でも、カーテン越しに垣間見える空は、私にとって愛おしい、羨ましい存在だった。
いつだってそこにあって、そこにいて、それが赦される空が、
どうしようもなく愛おしく、羨ましかった。

あの頃どうしてあんなにも、空を見ていたんだろう。

当時住んでいた部屋のすぐ隣には、川が流れていた。水辺がとてもすきな私なのに、
すぐ隣に流れていることが分かり切っているのに、それでも部屋から出て行くことが
恐くて怖くて仕方なかった。
また嫌なことが起こる、またとんでもないできごとに見舞われる、
また・・・
そんなどうしようもない思いが私をぎゅっと掴んで離さなかった。

もし、
写真をやっていなかったら。
私はまだまだ、外に出て行くことが叶わないまま、閉じこもっていたのかもしれない。

写真を見つけたから、
私はじきに、外が気になりだす。
外の世界がどうしようもなく気になり出し、
そろそろ、と、這い出していったのだった。

あれからもうずいぶん時が経つ。
私の幾つかの習慣は、あの頃からまだ変わらず、私に沁みついていたりするけれど。
でも。
自転車さえ私の隣にあるなら、
私はずいぶん遠くまで出かけてゆけるようになった。
どうしても会いたいひとに会うためになら
電車にだって乗れるようになった。

そういうもんなんだろう。

時が経つ、というのは、そうやって、
少しずつ少しずつ、じわじわと、
変化してゆくことなんだ、と思う。