2014年4月23日水曜日


樹というと、私は一本の樹を真っ先に思い浮かべる。
それは或る美術館のすぐ脇に立っている。
ずいぶん背の高い樹で、首を反らして空を見上げないとその天辺は見えないほど。

季節になると、黒褐色の固い固い実をぶらんぶらんとぶら下げるその樹。
その実は変形しないのでリースなどによく使われる。そうしたお教室の先生や小学校の図工の先生が、実が落ちる頃になると樹の下をうろうろしていたりもする。

モミジフウ。
モミジバフウともいうらしいが、私はいつもモミジフウとその樹を呼んでいる。私に名前を教えてくれたひとが、そう呼んでいた。

私はこの樹がとても好きだ。たまらなく好きだ。いとおしい。
だから折々に会いに行く。
その樹の隣に立ち、手のひらでまずそっと幹に触れ、感触と鼓動を確かめる。そうして誰もいないうちにそおっと幹に抱き付く。
それだけのことなのだけれど、私にはたまらない時間になる。

樹は唄う。風と共に轟々と揺れて、私に話しかけてくる。
元気かい、うまくやってるかい。
樹は唄う。地中の水を吸い上げながら、とくとくと唄う。
私は大丈夫、まだまだ生きている。

樹は確かに私よりもずっと長生きする。どれほどの時間をそこで過ごすのだろうと時折気が遠くなる。でも、樹にとってはそれがきっとふつうのことなんだろう。
彼らの見る地平を、いつか私も見ることができたら、なんて思う。

樹。
その枝が伸びてゆく様を見ていると、それはそのままひととひととの縁の地図のように見えてくる。
そしてそれは私にこう教える。
あるがまま、なるがまま。
受け容れて、乗り越えてゆけ、
と。

私は樹が、好きだ。