2012年3月3日土曜日

煙突

その煙突は、唐突にぴょこんっと出っ張っていた。平たい景色が広がる中で、その煙突だけがぴょこんっと。

四階の部屋に住んでいた。その部屋は窓が多いだけじゃなく南西に向かって広く全面に在って、だからいつだって午後の陽光が燦々と部屋に降り注いだ。
その部屋から外を見やれば、この煙突が必ず、ぴょっこんと出っ張っている。見やるたび私はいつも、ぷっと笑ってしまったものだった。

でもその煙突は、もう死んでいた。使われていない煙突だった。
昔そこには銭湯があったそうで。当時はだから、時間になるともくもくと煙が噴出していたそうだ。薪で焚かれるお風呂、さぞや気持ちよかったことだろう。

ひとりだけでっぱった煙突は、少し自慢げで、でも同時に、ちょっと寂しげでもあった。いつだってひとりぼっち、というのは、そういうものなんだろう。

その部屋から引っ越して、今地上に近い部屋に住まうようになって。
あの煙突がとても懐かしく思い出される。或る時はすかんと抜けるような空を背景にぴょっこり出っ張って、また或る時は鱗のような雲を背負ってそこに在り。季節によって変化する陽光を、より際立たせる、そんな役目を担っても、いた。

今もまだあの煙突はあるだろうか。あってくれたら、いい。