2010年11月22日月曜日

走る

いつの間にか空を覆い始めていた雲。でもその向こうには確かに太陽が在り。
雲を透かしてその陽光が舞い降りてくる海の上。砂の上。
白銀の道が生まれる。

その道を追いかけるようにして、彼女は走った。
海岸を、まさに波が砕けるその場所を、彼女は走っていた。

その日風が強くて、砂にうつ伏せになってカメラを構えるたび、砂嵐にばしばし叩かれた。でも、彼女の足取りは強く、何処までも強く、細い体でしかと、砂地の上を走っていた。

打ち寄せる波の音はいつの間にか遠ざかり、私の内にはただ、彼女が砂を踏むその確かな音だけが響き始める。彼女とは距離がこんなに離れているはずなのに、その音は確かに私の内に響いて。
それはまるで一枚の画のような、光景だった。

カメラを構えていると、よくこういった状況に陥る。自分が捉えた光景の音しか自分の内に響かなくなる、という時間が。その間、私はいつ自分でシャッターを切っているのか、殆ど意識していない。意識しないところで次々シャッターを切ってはピントを合わせ、彼女の姿を追いかけている。
彼女にとってはどうだったんだろう。走っている彼女にとっては。それを問うたことはないから、私には分からないけれど。

だからプリントして初めて、その時の光景がありありと、まざまざと立ち現れる。そして私はあの瞬間に引き戻される。暗室の中にいるはずなのに、私の内側から彼女のあの確かな足音だけが、ざっざっざっと、響いて溢れ出す。
そして私は何度でも体験する。あの、被写体と自分とが溶け合う瞬間を。