2010年10月20日水曜日

窓際の椅子

それは車掌室だったのだろうか、それとも待合室のひとつだったのだろうか。机がまだ残っているから、多分何かの部屋だったんだとは思う。
その部屋の窓際に、椅子がぽつり、ひとつ置きざりになっていた。

窓は開け放され、涼やかな風がするすると流れ込んでくる。その風に身を任せるかのように、椅子は心地よさそうに佇んでいる。
もう何年も何年も、そうやって置き去りになっているはずなのに、まるで今さっきまで誰かが座って、窓の外を眺めていたかのような、そんな気配。

私はふと、外にコデマリが咲いていたのを思い出し、それを五本ばかり手折ってきた。そして、椅子に置いてみた。
あぁ、やっぱり。誰かがここにいたんだ。
その誰かは、生身の人間じゃぁない。そんなことはもちろん私も分かっている。

この部屋が使われていた頃、きっとここは生気に満ち満ちていたのだろう。木製の机は艶が出るほど使い込まれており。確かにここは廃墟で、多少荒れてはいるけれど、それでも、ここはまだまだ、とくん、とくん、と息づいていた。

ねぇ、ここがまだ使われていた頃、どんなんだったんだろうね。
それよりさ、この切り株は、何でこんなところに置いてあるんだろう。
分からない、なんでだろう。
椅子が寂しかったのかな、呼んだのかな。
そうだったら、なんか、楽しいね。

コンクリート丸出しの壁、受付だったのだろう窓のガラスは細かく割れ、机の上にその破片が散らばっている。それでも。
それでも、この部屋には風が流れ、そうして椅子と、この切り株とが、共に息づいていた。

私たちは、彼らの邪魔をしないよう、そっとその場所を、離れた。

それから一年もしないうちに、再びその場所を訪れたのだが。悲しいことに、廃墟はもう息づいてはいなかった。心無い人たちにぼろぼろにされ、あちこちが無残に崩れ、それは自然に崩れたのではなく、明らかに人の手によって崩されており。
私たちは、一枚の写真を撮ることもなく、その場所を後にした。
かなしいね、と、ただ一言、言い交わして。