2010年8月9日月曜日

虚影(3)


よく、どうして襲われそうになったら悲鳴を上げないのかという人がいるが。それは、被害に遭ったことがないから言える言葉なんだとつくづく思う。
襲われそうになったとき、もちろん私たちは声を上げようとする。でも。
喉は潰れ、出るのは何の意味も持たない、小さな小さな悲鳴だけ。それさえ喉から漏れ出てこないことの方が多い。
それが現実だ。

私たちが被害に遭った当時はまだ、警察や病院の対処も不十分すぎる時代だった。警察で取り調べられれば、本当は嬉しかったんじゃないのなんて言われ、そのくらいであんまりおおごとにすると、あなたが傷つくだけだと思うよ、なんて言われ。その言葉は、事件に遭ったばかりの被害者にとって、残酷極まりない響きを持っており。
でもそれもまた、現実なのだった。

結局彼女は、事件を公にすることなく、泣き寝入りした。泣き寝入りすることで、せめて生き延びようとした。でも。
生き延びることは、思っていた以上に難しいことだった。