2010年6月16日水曜日

立つ棒

私は海が好きだ。とてつもなく好きだ。いつからそうだったのか、分からない。気づいたときには、海は私にとって、かけがえのない存在だった。
幼い頃私は泳げなかった。泳げない自分が悔しくて悔しくてたまらなかった。絶対に自分は海と友達になるんだ、と、勝手に私は思っていた。それもあって、小学生になってしばらくして、体育の先生に無理矢理頼んで、夏期の水泳選手コースに入れてもらった。そのおかげで、私は泳げるようになり、その頃の私の夢といえば、将来は海女になるのだ、というものだった。

その日は、ちょうど台風が通り過ぎた直後の晴れ日だった。海にはまだ、ごう、ごごう、と、台風の爪痕が残っていた。そんな海にぽつり、立つものが在った。
一本の、鉄の棒だった。
これが一体何に使われるのか、まったく想像できなかった。近くに他に何かあるわけでもない。ただ一本、こうして棒が立っている。それだけ。
私はしばし、その棒に見入っていた。

岩に突き立てられた棒切れ。鉄の棒で、すっかり錆び付いている。にも関わらず、その棒は真っ直ぐに、天に向かって立っていた。
波が大きく打ち付けてきても、微動だにしないその棒切れは、私の目の中で徐々に徐々に大きな姿になっていった。気づけば圧倒的な威風を放って、そこに在った。

空には雲がびゅんびゅんと飛びすさび、波は白い飛沫を上げて何度でも打ち付けてくる。そんな中、ただ一人動かない者。

あぁ、こんなふうになれたら、と思った。誰が何をいようと、何をしようと、揺るぐことなくその場所に立ち続けていられる、そんな人間になれたら、と。

棒はそうしてただじっと、そこに、在った。